山渓遊びブログ 渓流釣りとアウトドア

岐阜県から 山渓アウトドアライフ

海から山へ

年に一〜二回くらいの海の釣り。渓流釣り仲間と、禁漁期の集まりです。今回はウチの息子も参加しました。

渓流釣りはガチですが、海では私は緩〜く遊んでます。釣りよりも、仲間達に会うのが目的みたいな感じ。

・・そんなだからか、これと言った魚は出ず(笑) 小魚は沢山釣れましたけどね。なので釣りに行ったのですが、魚画像がありません。

お昼頃には解散し、折角だからと、そのまま帰らず次は山へ。

海の釣りも良いのですが、私はやはり、山渓が好き。こちらは釣りは出来ませんが、禁漁期には今後の為の川見をするのは毎年のこと。

息子も山が好きなので、一緒に歩きました。

アミタケとオウギタケ ピンボケでしたな・・。

秋のキノコがチラホラと。私は今時期はこちらに出会うのがメインの楽しみです。

 

9月に雨が多かったからか、キノコ豊作の話を各所で聞きます。しかし私が見る範囲は、豊作どころか、むしろ不作な傾向です。

私の考える不作の理由は、9月最終以降は雨が降らず、何処も山がカサカサに乾燥していることと、気温が中々下がらないこと。

長雨から気温が下がった地域では、キノコの発生条件が良いのだと思います。ちょっと遠征した方が良いかも知れない。

 

こんな時にキノコを探すには、日当たりや水分量を考えに入れて歩かねば。良い時なら難しく考えなくても、秋は色々な種に出会えるのですが、今のところ厳しいです。

ツチアケビ

久しぶりに見ました。鮮やかな赤色が目立ちます。光合成をしない植物の一つで、結構珍しい。

これ、ナラタケから栄養を貰って育つらしい。今は乾燥していてナラタケは全然姿が無いですが、タイミングが合えば見つかるのでしょう。

 

ちなみに↑のアミタケとオウギタケ。

アミタケは松の木と共生していて、オウギタケはアミタケに寄生して生えるキノコなんですね。自然界は種間の関係性も面白いです。

夜は息子のアパートに泊まりました。

先日集めたキノコを持って行き、海の魚と合わせて食事。我々的には中々豪勢です。

 

キノコの出汁って、毎回凄いなと思います。肉、魚、野菜、何と合わせても、味が数段上がると言うか。調理法によりますし、種ごとの相性はありますけどね。

息子と色々話をする時間は私は好きです。友人達とはまた違った良さ。

山と渓流釣りで趣向が重なる親子ですから、話のネタが尽きることも無く。

今回はコレというハイライトシーンは無かったですけど、楽しい休日が過ごせてよかったです。

道具の進化と生活の変化

世の中、どんどん便利になりますね。調べ物はスマホ検索、洗濯は全自動、食事の際にレンチン等々。AIの登場で、今後はどんな展開になるでしょう。

時間を掛けず簡単に事をこなせるようになって、では、それで生活が楽になってますか? と問えば、おそらく多くの人の答えはイエスにはならない、のではないかな。

便利な道具類は何処かの特別な場所にだけあるものではなく、家電でも何でも、殆どのものは誰もが所有してます。そこがスタートラインになって世の中が動くので、浮いた時間は別ことに充てるよう配分されます。道具で労力を代替する事で忙しさが減る、とは限らないのですね。

便利な道具が現れても、使う人間が必ずしも進歩してる訳ではない、と言う視点も大事かなと思います。と言うか逆に、便利になった故に、進化でなく退化してる部分もあるかも。

それに作業を便利な道具に預ければ、機械に出来ない難解な部分のみが人間の仕事になり、大変さが増す場合もありそうです。

私は渓流釣りをやっていて、初心者の頃に丸一日かけて釣っていたのと同じ釣果を、今はもっと短時間で出せるようになりました。

では以前より短時間で成果が上がるから、余った時間は何をしてるかと言えば、更に釣りを詰めるよう、むしろ初心の頃より没頭して過ごしています。それでは力量が付いても「楽」にならないかと言えば、そうではなく。

「楽になる」とは、「苦のない様」を指します。私だと、向上とともに求める水準も上がるので、その意味では取り組みは楽にはなりませんが、以前の自分と同じだけの成果を出すことを比較の対象に置くなら、かつてより今は格段に楽です。それにより同じ時間でも、更に釣りを深める方へ行けるようになりました。

これは「ゆとり」で、自身の成長によって得られるものです。その事で忙しさと言うか、取り組みたい事柄が増えても、それは苦痛でなくむしろ楽しみ。

私の渓流釣りの場合は浮いた時間を他事に振らずにいますが、人によっては休憩する、釣り以外の楽しみを持つ等、色々と選べると思います。選択肢が増えるのですね。

道具類の利便性は生活の質を上げてくれますが、その事が楽さやゆとりを齎すばかりでもなく。

渓流釣りは道具類がいかに進化しても、使う人間が成長しないと結果が着いてきません。新しい道具を使いこなす楽しみは勿論ありますけどね。

自身の力量が上がる過程に面白さがあり、その結果として思い描く釣果に出会う喜びを得られる。生活の好転の本質は、自身の成長にあるのではないか、と思う次第です。

日常に面白さを見出す

深い知識を持っていると、日常の中に面白さが増える

 

私は以前、庭作りの仕事の方と一緒に山入りしました。その人は庭石に絡めて岩石の知識がとても豊富です。

「この石は○○と言って、この地域に多い」「火山に関係する岩で云々」と言った具合で、そこらに転がってる石を説明してくれます。それで「うわぁー、珍しい石があった。嬉しいな、来て良かった!」とやってるのですが、私だと「黒い石」「茶色い石」としか分からない。

この部分に関しては、同じ景色を歩き、同じものが見えているはずなのですが、友人は楽しそうに時間を過ごし、私は何事も無く歩いてる感じ。

人は意識が向かないものは認識する事すら困難です。見て聞いて、五感では様々な情報を受け取っていても、興味関心の対象には集中し、それ以外は流してるのですね。

友人には申し訳ないですが、私は岩石にはそこまで関心も知識も無く、一緒に珍しい石を見て喜ぶことが出来ません。しかし私には私の知見があり、渓流釣り、山野草、キノコなどに絡め、道端で珍しい光景を見付ければ、同じように「嬉しいな~!」とやって、互いに交換する訳ですね。

知っていると知らない、その知識が深いか浅いか。

興味があるものへは目が向きますから、そこで得た情報から知識を深めることで、何でもない風景の中に「楽しい・嬉しい・面白い」のネタを探せるのですね。何事も無く通り過ぎるか、「面白い!」と思って見られるかでは、時間の充実度は変わるでしょう。

知識を得る為には学ばなければ、なのですが、変に強制力が働くのも面倒。興味がある⇒好き、とするなら、むしろ進んで学ぶ意欲は湧くのではないですかね。好きな事を深掘りするのは、それ自体が楽しいです。

日常に何となくの退屈を感じる人は多いのだそうです。また、歳を重ねるほどに、自身の成長が感じ難くなる、とのこと。これらに共通するのは、新鮮味の無さ。

人は慣れている日常の景色の中には、面白さを探すことが難しくなります。慣れているとは、情報がある程度処理されてる状態の事。「慣れ」の次は「飽き」で、つまり退屈。良く言えば安定していて、故に刺激が少ない。と言ってもあまりに不安定ではストレスになりますが。

 

人は知らなかった事を知ると、脳が喜び(刺激)を感じます。興味のある事柄ほどそれが強く働きますから、快感が欲しくて更に知りたくなる。

周囲にあるものの中にも、見ているようで見えてないものが沢山あり、そこに知見が増やせたら、日々の時間は良いものになって行くかも知れない。

「おもしろきこともなき世をおもしろく住みなすものは心なりけり」高杉晋作 と言う事なのだろうと思います。

渓流釣り禁漁・キノコの山へ

渓流釣りが禁漁になり、私はキノコシーズン。キノコには奥深い楽しみがあり、渓流釣りに活きる山の知識を得るのに好適と考えてます。

出ました、マイタケ!! 小振りながらこれは嬉しいです。

何て美しい。久しぶりに姿を拝めました。

あくまで私的には、

マイタケ>38アマゴ

マイタケ>48イワナ くらいの位置付け。

アマゴ40cm、イワナ50cmとなると、やはりキノコでは及ばない。この辺は価値観で、人によりけりです。価値の置きどころは経験でも変化しますしね。

山での出会いで、魚とキノコ以外でマイタケに匹敵するのは、私はギョウジャニンニク、かな。レア度高く、そう簡単には見付かりません。

舞うほど嬉しい、それがマイタケ。私は踊りませんが(笑) 良型渓魚に出会った時と、似た感覚を覚えます。来て良かった〜!

 

香りマツタケ味シメジ、とも言われますが、ここに並ぶ一級品のキノコが幾つかあり、その一つがマイタケ、と私は思ってます。

これが惜しい!

まずまずの大きさですが、ちょっと古いマイタケ。このサイズが6株も出てました。

数日前に来てたらな~。この辺がキノコの難しいところ。

マイタケは、毎年同じ場所に出るとは限らない種で、何年サイクルで発生するかは、通う者のみぞ知る、の世界です。

 

マイタケに出会えて興奮気味でしたが、別の山も見たいので、移動。

カラカサタケ

最近のニュースで、長雨の影響からか、オオシロカラカサタケ(毒)が各地で大発生してるのだとか。

こちらは大丈夫な方のカラカサタケです。

ハナイグチ

今時期が盛りのキノコ。北海道ではラクヨウと呼ばれ、大変人気があると聞きます。

タマゴタケ

ビジュアルが可愛い。

ナラタケ

雨が多かった割に、乾燥してます。カサがヒビ割れてて、この様子だと大きくならないのじゃないかな。

毎年10月には沢山発生するのですが、今のところややナラタケは静か。

クリフウセンタケ

一ヵ所だけ出ていました。ピークはこれから。

ヌメリツバタケ

モドキの方かも? ヒダの感じからヌメリツバタケと思いますが。

ショウゲンジ幼菌

これも少しだけ。良い時ならゴッソリ出ます。

 

あちこち見回り、標高が変わると、かなりキノコの発生量が違うと気付きました。毎年ながら10月初頭の山は、雰囲気を掴むのに時間が掛かります。9月末までは渓流釣りをやっていて、キノコは川の近くに出てるものくらいしか見てないですのでね。

長雨続きで水分があり、何処も菌類には良いと見てたのですが、想像のようにはなりません。キノコは難しいです。

クリタケ

晩秋に多く出る種ですが、中秋に見られる場合も。

 

画像に残さなかった種が他に幾つか。初戦としては、特にマイタケに出会えて良かったです。標高の低い山は、もう少し気温が下がってからが本番になりそう。これからしばし、山で楽しませて貰おうと思います。

マイナス面からプラスを思考する

主語が大きいですけど「日本人は」、物事のマイナス面を集中的に見る人が多いと私は思っています。こう言うとお叱りを受けそうですが、これは悪い事ばかりでなく、むしろ良い事もある。

何事でも良い面・悪い面が合わさっています。ネガティブな面を見ることで、そこへの対応が生まれ易く、所謂「おもてなし」文化のように、質の高いサービスが提供される、と私は考えてるのですよね。おおらかに物事を捉えてたら、細かな気遣いにはなり難いかなと。

この特性は悪い方へ傾くこともあり、物事のマイナス面だけを意識すると、口から出る言葉は否定的な愚痴や文句になりがち。言っている本人も、聞かされた他者にもストレスになります。しかしこれは「出しよう次第」。

先の例のように、問題点に気が回ることを質の高いサービスへ転換出来れば、着眼が活かされます。悪い点に気付いた時、そこへの文句で思考が止まるか、先へ話が進むかの違い、ですね。

 

出しよう次第なのは個人の性格でも似ていて、例えば「短気な人」。

気の短さを他者へブツけるとトラブルを生みますが、「鳴かぬなら鳴かせてみせよう」の古事のように、「鳴くまで待てない」性格から意欲的な取り組みに持っていけたら、問題ないどころか短時間での成果達成が叶うかも知れません。どうしても待たなければイケナイ時は、そのように対応すれば良しです。

このように、他者へ向けたらマイナスになるものは、自身の中で処理し、改善の為の行動が出来たら、大抵のものはプラスに変わる可能性を持っています。

私は渓流釣りをやっていて、「狙いの魚が釣りたい」「釣れないのは嫌」という意思を持っています。釣りに行く人は誰も同じでも、その意欲の程度は人それぞれ。

自分のペースや思想を人に押し付けても良い事は無い、と言うか、他者は関係ない。

我儘とは、他者迷惑を考えず自分勝手に振舞う事。元は「我がまま」で、自分の意思に忠実な様を指します。

「我が思いのまま」に、自分の望みは自分で叶えるよう取り組む事には何も問題はないですし、我が強いことを自己実現の熱源に出来るのなら、むしろ良い事となるはず。繰り返しますが、これを他者に向ける、それで迷惑になるのがマズいのですね。

渓流釣りでは、水難事故などの危険が付き物です。自然相手ゆえに望む結果に釣りが運べない事も多々。ではどう対応するのかと思考すれば、むしろ面白さが詰まっているとも見えます。

人でも物事でも自然でも、自分の想い通りにならない事を悪いもの扱いせず、自身が向上する為の材料とすれば、多くの事はプラスに転じるものと思います。

2026渓流シーズンを振り返る

私の2026シーズンは、釣果では数が上がった年でした。

2月の渓では解禁早々に嬉しいアマゴとの出会いがありました。雪はあまり多くなく、初期は釣り易かったです。しかし例年比でアマゴは小振りと見えました。

イワナは良型が周年よく釣れ、40cm超の個体も多かった。それが複数の河川で出てましたので、私の行き先の広範囲がイワナの好調年だったと思います。私の釣り的には、早春の支流と、ユキシロ期の本流の感触が良かったです。

 

解禁から5月頃までは、釣りが山の雪の影響を強く受けます。ユキシロ期の釣りで、今までにない釣り方の手応えを得た、のですが、日ごとの気候が不安定で、釣行のたびに条件設定が変わってしまい、追い切れず。しかしこの手応えは後のシーズンに活きてきました。

居着きアマゴは初期は小粒な個体が多かったのですが、前年の産卵を越した良型も居るのと、各所で遡上・移動型の魚が動く頃からは、それらに狙いを付けて釣りをしていました。山の緑が濃くなる頃からは、コンスタントに良型が出ています。

自然の移ろいを観察し、魚の居場所と行動を予想し。選んだ流れに適した釣り方を選べれば、結果は出るはず。後は魚の機嫌次第(笑)

6月初頭にして大型が出た時は、今年は大当たりかもと思ったのですが、後が続かず。30cm台の魚は多く出てくれたので、傾向として中小型魚の数が多かったかも知れません。

釣りが印象に残るのは、良い個体に出会えた時と、新たな釣りの考察で魚に出会えた時で、両方重なったら最高です。

今年は何点か。

昨年から始めた、魚の捕食対象の変化に対応する釣りを深めるのと、梅雨頃に今までの釣りのアレンジ形の、新たな攻め方を偶然手に入れ、それを追いました。加えて春に本流イワナ狙いで見付けた釣りがアマゴにも合う事が分かり、これも大きかったです。

これらがあった事で、それ前には釣れなかっただろう魚を手にすることが叶ったと思います。

未踏の区間の開拓にも時間を使いました。

情報も無しに飛び込んだ渓で撃沈喰らうのは正直、堪えます。しかし新たな良型の着き場も見付かり、今後も徐々に行動の選択範囲を拡げたいです。

晩夏~秋口は雨が続き、各地で災害も。

日照時間が短く降雨が多かった割に、季節進行は遅れ気味な雰囲気。それでも9月には婚姻色を纏う魚達が現れ、繁殖行動への準備は進んでいるのが覗えました。水量があったからか、魚の反応は良好でした。

 

シーズン前に考えた目標は、達成・未達成、様々。釣果として良かったものもあり、釣りの前進の感触を得たものも。

シーズンを終え、楽しかったと感謝の気持ちでいられる。それで大成功だったと想えます。

渓流2026・最終釣行

大雨、増水、濁り・・最終釣行でこれは、私は初めて。しかも見る見る水位が上がってる。

どうしようか。しかし今回を逃すと次は来年なので、何とかやってみよう。

 

今シーズン最後にやりたかった場所を幾つか、挨拶回りの予定でしたが、変更。

水量は平水の3〜4倍くらい。いつもなら歩ける河原にゴウゴウと水が流れてます。河川によってはドロドロでしたから、濁り難く、澄みが早い渓へ。

この程度なら。真っ茶の濁流でなければ、釣りは出来ます。

こんな時は渡渉は無し。更に水が増えると、渡り返せなくなりますからね。また、濁りで水深が読めないので、立ち込みも基本的に無しです。

 

魚達は濁流の芯には居られないので、避難?してるはず。

イワナは濁りに強い魚。

↑↑の画像くらいの状況なら、出てきてくれます。アマゴはギリギリ、かな。

 

増水濁りがキツい時は、私は平水を知っていて、ある程度は川底が分かる場所へ行きます。水中を視認しなくても、魚達が入りそうなポイントに見当が付きますのでね。それに川底が分からない河川は、増水時は危ないですし。

振り返りとして、今年のイワナの当たりっぷりは中々凄くて。多くの良型に出会えました。

こんな大増水の日にも、やはり出てくれます。

アマゴも釣れました。無理かと思いましたけど、やってみるものです。

しかし、繁殖行動を控えた良型となると、厳しい。捕食態勢の魚はともかく、積極的に採餌しない秋色の魚を濁りの激流から釣るのは、私には至難の業で、もし釣れても交通事故的です。

ヌメリスギタケモドキ

気温が低下してきて、山の様子も秋めいてます。

画像では分かり難いかもですが、イワナも婚姻色が出始めました。

9月中頃までは、やや水中の季節は遅れ気味かと感じてましたが、例年通りに禁漁期間際になって、イワナも薄く色付いた個体がチラホラ。この色合いがとても美しい。

完熟のアマゴ

何とも言えない、格好良さ、綺麗さ。渓魚は季節とともに姿を変えます。私はどの時期の魚も、それぞれに好きです。

間もなくの繁殖行動に向かう、最後の変化。婚姻色に染まり、口には剥き出した歯が。

しっかり喰ってきましたから、この個体は食欲があったようです。

このイワナも、薄く色が入ってます。浮いて来た魚体が赤茶っぽくて綺麗でした。

本釣行で出会えた、最初と最後の魚が40UPのイワナでした。何気に珍しい。

 

これにて本年は納竿。

始まったと思えば、あっと言う間に時間が流れて、シーズンが終了です。多少の怪我やトラブルもありましたが、無事に〆ることが出来ました。

様々な事柄に感謝。また来年も、よろしくお願いします。