
私は長く渓流釣りを追って来た訳ですが、中々上手くなれず、私の思う上級位は全然遠いです。これは「自己完結的評価」。
他者との比較でなく、自分で自分を採点して感じる事で、まだまだ釣りを追っていくモチベーションになっています。私はもっと上手くなりたい。
「相対的自己評価」では中級の上位、くらいかなと?
私が今まで見聞きした中での、あくまで私目線で他の釣り人と自身を比較した感想みたいなものです。
釣りの上級者の中でも、更にピラミッドの頂点に近いような人だと、本当に驚くほど上手い。優れた他者と自身を比較することで、目標意識を明確に持ち努力するのは、有意義と思います。
「相対的他者評価」は、自分を周囲の人が見て判断することで、決定者は自分以外。「自分は上手い」と思うのは自由ですが、他者が認めるかは別の話で、もし評価が一致しないならそれは「過信」かもしれない。その逆もまた然りで、「自分は下手だ」と思ってても、他者は「そんなことない」と言うかもで、これは時に「謙遜」、時に自身への「卑下」です。

この3つは案外ズレてることが多い。それが対人の摩擦を起こす場合もありますね。それに「評価と願望」は別なのですが、ここが自他共に噛み合わないのもトラブルの元。
悪い例では、「人の集まりを仕切りたがるけど、リーダーシップも実力も無い」等は、願望が力量以上に出過ぎていると言うことかと。更に悪いのは、上手く行かないのは自身の不足であるにも関わらず、誰かに責任転嫁する姿勢。
釣りの場合は他人のせいにしても仕方がないのですが、釣れない時に条件や他の何かのせいにするのは、往々にしてありがちかと思います。

また、何処の評価に重きを置くかは人それぞれ。
仕事のように他者からの評価が必要なものはともかく、義務や責任のない趣味は、自己満足だけでも充分です。
ただ、人は自己顕示欲や承認欲求を持っており、他者からの好評価に喜びを感じます。程度には個人差がありますけどね。理想的には、自身が納得満足の結果を出せていて自信があり、そこに他者からの評価も付いてきている、となるのかなと。
私自身は承認欲求はそんなに強くない方かなと思っていますが、こうしてブログを書いて、自分なりに良記事だと感じるものにアクセスがあると嬉しいですから、やはりそうした欲求はある訳です。
渓流釣りでは、私は若き頃、先輩たちの好釣果に目を見張り、羨望と憧憬を抱きました。いつかは自分も!と思ってる間に、月日は流れて今に至り。経験だけは重なりましたが、まだまだ渓流釣りを追う日々は続きそうです。