山渓遊びブログ 渓流釣りと採集

岐阜県から 山渓アウトドアライフ

今時の人は意欲が無い?

ある職場では、出世とかに興味ないっす!みたいな若手がマジョリティーなんだとか。

成長する大切さや、そのことで得られるメリットなどを上司が説明しても、そんなの要らないんで!で終わり。

 

さて困りましたね。

そんな若手が居る、程度ならともかく、それが多数派となると、職場でのモチベーション高い空気は難しそう。

 

つまり組織の中で、上に行くことのメリットが大したことが無いとか、その代わりに起きるデメリットがデカいとか、そう判断されてるのですね。

実力を上げる→評価が上がる→出世する、のようなロールモデルが、機能してないわけです。

脱線するようですが、私の趣味の渓流釣りでは。

釣りが上手くなることのメリットが沢山ある、と私は思っています。

知識や技術を高め成長することは、自身の力で喜びや感動との出会いを増やし、充実感や達成感など、心の豊かさが得られるものです。

ただしこれは、趣味に何を求めるかで、違ってきますが。

 

会社組織と違い、優れた能力を発揮できれば立場が上がるとか、そう言う話ではないですが、成果から得られる豊かさは、仕事も趣味も最終的には違わないかなと。

上手くなることと、人の上に立つことが、リンクするとは限りません。

人の行動は全て、自身が幸せになるかが決め手。掛けた情熱と手にする幸せが、最低でも等価交換であることが必要です。

若手の上昇志向が弱いとは、そのことで自身が豊かになると考えていない、と言う意味でしょう。

上の立場を獲る為の時間や労力を、趣味や家庭など別のものと秤に掛けた時、後者を取る人は居ます。苦労して作った評価がなくても、食うに困らないとなれば尚更。

この事は、再度話を戻して、渓流釣りでも似ています。

釣りとは元々、魚を獲る為の手段でした。釣りが上手くなることは、多くの食料を集められることであり、または短時間で魚が獲れれば、他の時間は遊ぶも休むも自由、いずれにしても、生活が豊かになることと直結していたでしょう。

 

今では釣りはキャッチ&リリースの概念の定着のように、食べるためでなく、楽しむための方法に意識が変化しました。今も釣魚を食べることはありますが、食料として魚を集める重要性は、大昔ほど高くないはず。

沢山釣れなくても良いなら、目の色変える必要がない、そんな考えも成立します。私は必死ですけどね(笑)。

 

私は個人事業で一人親方ですから、仕事では後進に直接指導するとかは、今はやっていません。

仕事でも趣味でも、「やって見せて、言って聞かせる」のがまずは大事で、意欲の低い人に何かを伝えるのなら、まずは自らが行動し、そしてその評価は自己満足で終わらせない事、ではないですかね。

 

楽しく充実した背中は、見た人に少なからずの好影響をもたらすものです。

全ての若手に響かなくとも、好影響を受けた誰かが動けば、次はその背中を見て動く人が出るものと思います。