山渓遊びブログ 渓流釣りと採集

岐阜県から 山渓アウトドアライフ

釣りの自責思考と他責思考

私は物事を考える際「主語は何か」は結構重要だと思ってます。

良い方はともかく、良くない方が起きた際、主語を「自分以外の何か」に設定することがあり、そこで話を終わりにすると、あまり良い結果にならないかなと。

商売が上手く行かない→「政治が」悪いから。みたいな。政治が悪いとしても、「私は」それでどうするか。

上司が、部下が、知人が、何にしても、状況判断する際は主語が自分以外の他者であったり、天候が、経済が、法律が、みたいな自分では何ともし難い、人以外のものが主語になることも。

渓流釣りでは「期待のように釣れない」ことが多々あります。

その原因は?と考えた時、「これ」と一つ明確に見つかる場合もあるかも知れないし、でも大抵は複数の要因があり、「こうではなかろうか?」とボンヤリした結論に落ち着いたりです。

 

釣りで釣れない理由を挙げるのは、結構簡単。

渇水・増水、低気温・高気温(低水温・高水温)、他の釣り人の圧・・ちょっと考えたら幾つも並べられます。

 

上手く行かないことが「△△のせい」とした時、それは自分なのか、他の何かなのか。

 

1・自分側の問題

私の個人的な考えですが、ここが一番ではないかと。釣行時の条件に対応する力量、ですね。

 

まず場所選び。状況に合わせた釣り場の選択が出来るかどうか。

例えば水温が低い時。それでも釣れるポイントを知り、そこで魚を引き出せる技術があるか。

増水時なら、濁りに強い渓を選び、安全に歩ける場所で、強い流れを攻略できれば良し。

そこから、その日その時間帯に合わせ、釣り方と釣り具を選択します。

これらを知らない、出来ない、であれば、主語は「私」。

 

2・自然条件の問題

大雨洪水警報が出るような、夏の台風時などは、釣る釣らない以前の話になります。危険の程度次第で、遊んでる場合ではないですしね。

ここで釣れないのは、主語は「雨が」「増水が」「濁りが」等になり、自分ではどうにもならない場面。

違う渓を選べば良かったのか、あるいはそれでも釣れる釣り方を探すのか。

 

3・他の釣り人

これも主語が他者の場面。人気の釣り場では自分以外の釣り人とのバッティングは避けられません。

釣り場が自由に選べず、何人もが竿を出した後で釣るのは至難。

それでも自身を主語に持ってくるなら、人の釣り後でも釣れる力量の不足、となりますね。

人気の釣り場は魚が多く居る河川とも言えます。いっそそこは避け、魚影は薄いかも知れないが、釣り人もまた少ない河川への移動も選択肢でしょう。入渓に苦労する僻地などでは、釣り人が居なくて、かつ魚も多い、そんな源流もあるものです。

他の釣り人は制御できないですが、行き先の選び方は自分次第。

これらは一部の例示で、思うような釣りが叶わない要素は他にもあります。仕事や家庭の事情、自身の健康問題等々。

最終的に「自分が」を主語に考える道はどこかにあって、そこで工夫する方が、他者を主語にして話を終えるより建設的かなと思います。