山渓遊びブログ 渓流釣りとアウトドア

岐阜県から 山渓アウトドアライフ

渓流釣りでの頭の回転

渓流釣りで名手と呼ばれる腕達者な人は、「気付くのが上手い」と私は感じます。同じ日に釣りに行っても、処理してる情報量が多い、ような。

「この時期にこの状況なら、魚の着き場はそこ、釣り方は云々・・」と、釣りの判断が的確で、その根拠となる経験は勿論、技術の水準も高い。

釣果に繋がる答えを導くための、観察対象への知識の引き出しが豊富なのでしょうね。

 

見てる分には、ある種の頭の良さとか、センスの良さみたいなものがある気がします。

これは持って生まれたものなのか、釣りをこなす中で磨かれたものなのか?

また、ここが核心で。

こうした名手の気付きの上手さには、私でも届くか、もしくは近付けるだろうか?

話は脱線しますが、例え話として、暗算。

私だと、桁の小さな数字の足し算引き算くらいなら、ちょっと考えたら何とかなります。3桁にもなると、掛け算なんて、全然無理。

ところが世には、10桁以上の数字が並んでも、特に算盤とかやってないのに、パッと計算出来ちゃう人が居る。

こういう人からすると、私が何故暗算できないのか、不思議かも知れません。

 

「名選手は必ずしも名監督にならない」

とは聞いた言葉。

優秀な選手だった人は、自分が当然のように出来たことが、出来ない人が居るのが分からないから、だそう。

これらは例えですが、程度の差はともかく、どこにでも在る事だと思うわけです。

年長者が若き釣り人を見て、判断力や技術力に「まだまだ」と感じるのは、それはそうでしょう。ですが相当な経験を重ねてると思しき人同士でも、腕前のレベルまで同様ではありません。

腕達者な人からは私の釣りは「何でそんな事してるの?」と思われるのかもしれないです。

 

さて私の場合。

そんなに誇れるほどの能力も頭の良さも持ってなくて。

でも渓流釣りが好きで、自分なりに一所懸命に取り組んできました。今は通年、山渓で楽しめるところまでは、知識も技術も持ってこられたかな、と自己評価してます。

腕達者な人を真似ようとして、何度も挫折し。

誰かの所作を丸パクリするのは無理、と思い至りました。

元々の素地、経験の内容、そこから構築された知識と技術が違いますからね。最終形だけ取り込むのはかなり難しくて。でも参考にはさせて貰えますし、目から鱗な気付きが他者の釣りから得られることは多いです。

 

ポジティブに考えて、自身が楽しめるオリジナルが構築出来たら良いなと。

遠回りかも知れないですけど、名手の気付きに近付くには、頭を鍛えるしかない。鍛えるなら絶えず動かし、どうしても疲れたら休み。

情報が処理出来れば、釣りのアイディアは浮かびそう。そうして使える知識を蓄積していけば、少なくとも気付きの前後では、自身の進歩はあるはずで、これが自分より上のレベルに近付く道の一つかと。

考え続けていれば脳は動く。集中力を発揮して頭を回すことを、真剣、と表現するのではないですかね。多分ですけど。

一所懸命取り組むのと、ノンビリとやるのでは、向上の速度に差が出るのは、そうだろうと。

元々の頭の回転に差があるのは仕方なしとして。

触れるものから情報を取って、処理をする経験からの知識は、それを得る意識を切らさなければ向上するのものと思っています。