山渓遊びブログ 渓流釣りと採集

岐阜県から 山渓アウトドアライフ

感謝の気持ちを持つこと

感謝とは「謝りたいと感じる」と書きます。何で謝るのか、イマイチ分かってない私。

「ありがとう(感謝)」と「すみません(謝罪)」は、日本語の場合は同じように使われる場合があります。ちょっと不思議ですけど。

スポーツ選手が試合後に、「ここまで来られたのは、多くの方に支えて応援して頂いて・・」とコメントしますよね。大変失礼ですが、若い頃の私は、あれは社交辞令かと思っていました。

それが違うと気付いたのは、渓流釣りを趣味にしてから。身震いするほどの感動を釣りから感じた時です。

「胸が温かくなる」と表されるように、本当にそうした感覚があり、その後に出会えた魚だけでない、周囲の自然や、自分をここに立たせてくれた家族や仕事仲間や、色んなものに心から「ありがとう」と感謝したい気持ちになりました。

 

大自然や大宇宙の悠久さや広大さを前に、自分の存在や小ささを感じる体験のこと。

Awe体験をすると自分の自我(エゴ)を少なくし、謙虚な気持ちを起こすことがわかっている。

こうした心理学的な研究結果が出ています。

自然の中で感動し、謙虚さが生まれるようで、私が遊ぶ山渓にもそうした事は起こるのかもしれません。

が、あくまで私の解釈では、釣りでの体験はこれが中心軸ではないですね。Awe体験は、主に受動。釣りやスポーツは、主が能動です。

与えられるものでなく、自身で取り組むこと。それで満足感を得られた時の感動から、謙虚さと、感謝の気持ちが生まれてきます。

自力で事を成そうと努力した、その結果は実は、周囲の様々なものや人のお陰だと感じられる。

誰かの助けがある事はとても有難いのですが、自分自身の開拓精神がないと、実はその大事さに気付けないかも知れない。

私の経験ですと、釣りの成果に感動するのは、狙い続けた魚に出会った時。

最高記録となるサイズや、姿形の美しさが特筆ものの個体、攻略が難しい河川での良型等々、共通して「簡単には出会えない対象」に対してです。

難易度が上がるほどに、クリアする喜びが大きくなるのは間違いなくて、おそらくですがその時の感動と、出てくる感謝の気持ちは量的に比例関係です。目には見えなくて、数値化は出来ないですけどね。

先にAwe体験について触れましたが、こちらは受動的ですが、感動が大きいことから謙虚な気持ちになり、やはり感謝を生むものと想像します。

受動と能動の感動は、同じく感動でも差異があると思うのです。勿論、どちらが良い悪いの話ではなく、気持ちを豊かにする意味では同義。

何れにしても「簡単に手に入るものからは得難い感覚」です。言い換えれば、当たり前ではない、非日常、ですね。

山渓の趣味を持つ良さは、この非日常な感動が得られるところにあると私は思っています。