繁殖期が近付くと、アマゴはほぼエサを食べません(特に大型)。食べない、ではなく、食べられない、が正しいかも。
メスの鮭と同様、鮭科鮭属のアマゴは腹一杯に卵を抱き、内蔵は圧迫されて収縮しています。
鮭を捌いてイクラを取り出すシーンでは、卵以外の内蔵は殆ど見えません。実は卵塊の裏側に、ペタンコに縮んだ内蔵が付いています。
鮭は死滅産卵型と言われ、産卵行動後に全ての個体がその命を閉じます。アマゴの降海型のサツキマスも、鮭同様に死滅産卵。
秋までにその身に蓄えた栄養を卵に移し、産卵後に斃死する。
一説に、氷河期が終わったころ、水温上昇により、河川を降りて海に向かう事が難しくなったアマゴ達は、冷水の山奥で一生を過ごす進化をしたと言われてます。
河川で生まれた魚が海を目指すのは、大きな水域で豊富な餌を食べ、体を成長させて多くの子孫を残す為。ところが山奥の渓流では、水域の狭さもあって、大型化し難い。そこで獲得したのが、産卵後の死滅を避け、一個体が2度の産卵をする生態。
現代でも成長の為に下流を目指すDNAは息衝いており、下降して遡上する個体は大型が多い。そしてこの個体群はサツキマスと同じ、やはり死滅産卵です。
アマゴは繁殖期に雌雄がペアになる際、各々役割が違います。
オスは口先が尖り、鼻曲がりに。これはメスを獲得するのに、他のオスと戦う為の形状変化。その風貌たるや、まさに「鬼」。
メスは尻鰭が大きく長くなります。卵を着床させる産卵床を掘る際、ヒレ先端を川底に当てて深さを測る為。
産卵床を造り、守るのはメス。
・尾鰭で川底を掘り、卵を産む準備をする。それで尾鰭は砂利で削れて欠損します。
・産卵後は卵が流されないように、傷付いた尾鰭で砂利をかける。
・しばし産卵床を見守っていますが、これは他のペアにそこを掘り返されない為。そのうちに力尽きて、流されていきます。
ここまでが繁殖行動で、遡上系大型個体は、斃死。
しかし陸封の居着き魚には、尺を超すサイズでも、生き延びる個体が居る。
流されるうちに、流れの弱い淵底などに行き着いた個体は、ジッとして動きません(と想像)。
繁殖期前から採餌しておらず、産卵で体力を使い果たし、尾鰭が欠けて遊泳力が落ち、しかし生きている。
1回目の産卵から回復までが、過酷です。
産卵は秋で、その後はエサが少ない、寒さ厳しい冬が来る。痩せて傷付いた身体で、どうして春を待てるのでしょうか。
幸い、渓流域の冬は雨でなく雪が降るので増水は為難く、泳ぐ力が下っても流され難そうです。
目の前に流れてきた、僅かなエサを啄みつつ冬を越し。
縮んだ内蔵を復活させ、欠けた尾鰭を再生し、水温むころ流れの中を泳ぎ出し。
そして更に成長し、再度卵を抱き、秋の産卵に向かう。二度目の繁殖行動後、今度は間違い無く斃死します。
私の想像はともかく、成熟したアマゴの一部は年を越し、3年目を生きる。
春先では回復し切っておらず、傷のある鰭、痩せた身体、くすんだ体色。
それを見てどう感じるかは、釣り人により分かれるところかも知れません。ですがこうして逞しく冬を越す魚もまた、その生態の一部。
この記事の一枚目の画像が、初夏に出会った回復後の個体です。尾鰭は再生痕が残り、前年大きくなった尻鰭は大きいまま。春は痩せていただろう魚体はふっくらと肉厚です。
2度目の繁殖に臨む魚の生命力に、いつ何度出会っても、感動を覚えます。
*昨年書いた記事を修正・加筆したものです